【主張】殺人時効民事訴訟 もう“逃げ得”は許さない

法律を杓子(しゃくし)定規にとらえず、柔軟に解釈して「時効の壁」を突き崩す注目すべき判決が、東京高裁であった。殺人事件の被害者・遺族を救済する意味でも、画期的判決といえる。

 東京都足立区の区立小学校で昭和53年、女性教諭を殺害し遺体を自宅に26年間隠し、殺人罪の時効成立後に自首した元同小警備員の男に遺族が求めていた損害賠償請求の控訴審で、東京高裁は同請求権が消滅する民法の「除斥期間」の適用を認めなかった。このため、判決は除斥期間の適用を認めた1審判決を変更し、男に約4200万円の賠償を命じた。

 判決は殺害日からの利息支払いも命じているため、実質的な支払総額は1億円を超える見込みだ。

 時効となった刑事事件をめぐっては、損害賠償請求権を求めた例はなく、犯罪被害者の権利を重視し、一般国民の感情にも沿った常識ある判決といえるのではないか。

 男は昭和53年8月、学校内で教諭を殺害、遺体を足立区内の自宅床下に埋めていたが、区画整理事業で立ち退きを迫られたため、26年後の平成16年8月に自首した。すでに公訴時効(当時は15年)が成立しており逮捕、起訴されなかった。

 民法では、不法行為から20年が経過すると賠償請求権が消滅する。除斥期間という民事の「時効」である。

 1審の東京地裁は殺害行為については除斥期間を適用し、賠償責任を認めず、遺体を隠した行為についてのみ、故人を弔う権利が奪われた遺族への慰謝料として330万円の支払いを命じる判決を言い渡していた。

 東京高裁の判決は、男が遺体を隠したことで遺族が教諭の死亡を知らず、賠償請求できなかった特段の事情を考慮し、除斥期間を適用しないという幅広い解釈を示した。

 判決の中で裁判長は「加害者が賠償義務を免れる結果になるのは、著しく正義、公平の理念に反する」と指摘しており、“逃げ得”は許さないという裁判所の強い姿勢がうかがえる。

 現在、殺人罪の公訴時効は刑事訴訟法改正で、10年延長され25年となった。殺人など重大、凶悪事件に限って、時効制度が妥当かどうか、今回の裁判を機に論議したい。


http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080203/trl0802030247000-n1.htm