足立区とはこんな町なのか

カーナビの目的地を竹ノ塚駅東口にセットして、仕事場から北に向かって走り出す。


 都心のビジネス街を抜け、千駄木から日暮里あたりの下町エリアを抜けて、隅田川と荒川を越えて足立区に入ると、ランドスケープはとたんに表情を変える。というか表情を失う。


 ここはいわゆる下町でも、本来は商業地区を指すダウンタウンでもない。メガシティ東京の周縁。千葉や埼玉にかけてだらだらと広がる郊外の入口なのだ。シティ・カルチャーとサバービア・カルチャーがぶつかりあう、潮の目なのだ。そして海の潮の目がかならず豊かな漁場になるように、ここには東京都心にもない、谷根千みたいな下町にもない、独特のなにかがある。


 先週、この連載では竹ノ塚出身の女性ラッパーを紹介した。少し前に掲載した古き良きラジカセを甦らせるデザイン・アンダーグラウンドも、実は竹ノ塚をベースに活動してきた。東京23区の最北端に位置し、下層社会の縮図と言われて久しい足立区竹ノ塚とは、いったいどんな街なのだろう。いま、いったいなにが起こっているのだろう。




 区内総面積53.20平方キロ、東京23区の約9%を占め、大田区、世田谷区についで第3位の面積を有する足立区。総人口66万人あまり(23区内第5位)のうち、外国人登録者数が2万3000人あまり。そのうち3682人(平成21年度)にのぼるフィリピン人居住者数は、23区トップ。そして23区内の区民ひとりあたりの平均給与所得は23位。つまり最下位で、1位の港区の半分以下。犯罪発生件数(刑法犯認知件数)も23区でトップ。さらに経済的理由で就学が困難な児童に与えられる就学援助率は、千代田区の6.7%に較べて、足立区は47.2%! 児童のほぼ半分が援助を受けていることになり、これは全国の市区町村でもトップだ。

そういう足立区は、23区内でいちばん都営住宅の戸数が多い団地の町でもある。区内をほぼまっすぐに縦断する東武伊勢崎線つくばエクスプレス、それに2008年に開業した日暮里・舎人ライナーを除けば、バス以外にほとんど公共交通機関の存在しない土地。区内でもハブの機能を果たす竹ノ塚駅前ロータリーからは、各方面に向かうバスがひっきりなしに発着している。

昼間、駅前に立って眺める竹ノ塚は、単なる地方都市の駅前風景となんら変わらない。バスとタクシーが溜まるロータリー。チェーン居酒屋と銀行の支店。高層マンション。それが夜になると、とりわけ西口の駅裏一角が、いきなり東京有数のディープな歓楽スポットに変身する。

数ブロックの小さなエリアに、一説によればフィリピンパブが60軒あまり。そのほとんどが朝方まで店を開けているし、日本人の女の子を揃えたキャバクラもあれば、健康という看板があまりにしらじらしいマッサージ店もやたらに目立つ。新宿でもなければ、池袋でも錦糸町でもない。マスメディアからは下層社会の縮図、東京の底辺と呼ばれ、遊び人からはいまいちばんおもしろい遊び場として愛される、竹ノ塚という秘境。今週・来週の2回にわたって、その隠された魅力のすべてを事情通のおふたりに語っていただく。出版社を経営する比嘉さん、編集プロダクションのオーナー赤木さん。どちらもこの近辺で育ち、いちどは町を離れたのが、最近になって遊びに戻ってきたツワモノ。知る人ぞ知る、夜の冒険家だ。

都築 きょうは足立区で生まれ育ったご両人に、東京のサウスブロンクスとも東京のイーストLAとも呼ばれる(笑)竹ノ塚の魅力をたっぷり語っていただこうと、ご足労願いました。


比嘉 俺が生まれたのは、竹ノ塚のちょっと手前の五反野ってところなんだけど、最寄りの駅ったって、五反野まで歩いて30分あるし、梅島までも30分(笑)。


赤木 あのエリアって、陸の孤島ですよね。


比嘉 だから竹ノ塚は、チャリンコでよく遊びにきてた。ここってもともと人工的に作った町、モデルタウンなんだよね。


赤木 そうそう。東京オリンピックの時代に、足立区に都営住宅がたくさんできて、低所得者が集まったみたい。


比嘉 もともと北千住は宿場町で、西新井は西新井大師があったけど、それ以外の足立区って、とってつけたような……。


赤木 なんもないんですよ。僕は北区の十条で小学校2年まで過ごして、竹ノ塚に引っ越してきて。それはカルチャーショックでしたねえ。十条は下町っぽい活気があったのに、こっちに来たら田んぼと畑しかないんで。田んぼと畑と、都営住宅。

>比嘉 ここらへんみんな、まわりは畑ばっかり。


赤木 比嘉さんなんて、雨になるとイカダで学校行ってたんでしょ(笑)。


都築 うそ!


比嘉 台風来ると床下浸水しちゃって、下水とかなかったからさ。家の前がみんな川状態になって。雷魚の一本釣りとか、鯉とかも釣れる(笑)。亀とか、蛇も泳いできて。


赤木 雷魚のいる川が、この先にあるんですよ。毛長川(けなががわ)っていう。


比嘉 食ってたよね。


赤木 食ってました。


比嘉 ザリガニとかも食ってましたよ。


赤木 イナゴも、よくみんなで採りに行って、家で佃煮にしたり。東京なのに。


比嘉 駄菓子屋で売ってるスルメを餌にして、雷魚を釣るわけです。ザリガニもね、マッカチ。


赤木 そう、マッカチ!


都築 なんですか、それ?


比嘉 真っ赤っかなザリガニなの。「今日はマッカチか」とか言って。


赤木 いろんな種類があるんですよ。アメリカザリガニとか、マッカチとか。


比嘉 それは遊び兼オヤツ。焼いて食ったんです。考えてみれば、寄生虫だらけだよね。よくあんなの食ってたな。あと、蛇も平気でいたね。蛇がプールで泳ぎまくって、水泳大会中止とか(笑)。


赤木 肥だめもあったし。牧場とか牛の牛舎とか、最近までありましたから。
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