法科大学院制度が、理想と現実のはざまで揺れている。

異議あり! 誘導です」と弁護人席から声が飛ぶ。「記憶を喚起するためです」と検察官席。両者にらみ合いの後、裁判官役が「尋問の方法を変えて下さい」と促した。

 大宮法科大学院さいたま市)の法廷教室で昨年12月に行われた模擬法廷授業。弁護士の黒田純吉教授(59)が担当する「刑事訴訟実務」の講義だ。2年生10人が参加し、殺人未遂事件の裁判を3者に分かれて熱演した。ホワイトボードに図を描いて位置関係を説明し、おもちゃの包丁で犯行を再現するなど、裁判員制度も意識した。「3日間練習したけど思ったようには進まなかった。もう1回やってみたい」と検察官役の小泉真知子さん(28)。

 1週間前には、婦女暴行事件の公判記録と刑事訴訟法の条文を基に、弁護人がどんな場面で異議申し立てを行っているのか、裁判官がどんな状況で申し立てを認めるのかを学んだ。

 裁判で問われるのは、法律という道具を使って問題を解決する力。授業でも、尋問の「技術」ではなく、実際の裁判で問われる「思考力」を磨こうとしているのだという。


 大宮法科大学院は2004年、埼玉県で小学校から大学まで運営する学校法人佐藤栄(さとえ)学園が、第2東京弁護士会(東京都)と提携して開学した。

 合言葉は「弁護士が弁護士を育てる」。法科大学院は、専任教員の3割程度以上を実務経験のある教員とする規定があるが、大宮では、30人のうち18人が現役の弁護士。このうち16人は第2東京弁護士会所属だ。

 法科大学院には、既修者コースと未修者コースがあるが、大宮には、法律の基本知識があって2年で終える既修者コースはなく、基本から3年間学ぶ未修者コースだけだ。社会人向けに夜間コースにも力を入れる。

 法科大学院では、弁護士の指導を受けながら、実際の事件を請け負って訴訟実務を学ぶ科目「リーガル・クリニック」もある。大宮では特に、年間を通して、希望者全員が受講できる。さいたま市で開業していた萩原猛弁護士(53)(教授)が学内に法律事務所を開いて常駐しているからだ。他の教授陣もかかわって実際の訴訟手続きを行っており、刑事事件だけでも、年間約30件のうち3分の1に学生がかかわる。

 こうした特徴から、大宮は「法科大学院の精神を最も忠実に表した大学院だ」と説明する。


 だが司法試験合格率という現実がある。1期生97人のうち3年での修了生は64人で、07年には43人が受験し、合格者は6人にとどまった。08年の合格者は16人と伸びたが、合格率では74校ある法科大学院の中で42位だった。

 設立構想時に、第2東京弁護士会長として深くかかわった久保利英明教授(64)は、「大宮の司法試験合格者は学校の成績上位者。授業でしっかりと学ぶことが司法試験対策になっている」と断言する。「未修者コースの修了者は、今年1月に法曹として働き始めたばかり。人間的にも優れた法曹を育てている自信がある。長い目で判断してほしい」

 法科大学院協会、文部科学省と法曹三者は、法科大学院の成績と新司法試験の合格率の相関性も調べている。

 腰を据えて理想の行く末を見届けるか、不合格者が積み重なる現実を危機ととらえるか。関係者の意見は分かれる。法科大学院制度が岐路に立たされていることは間違いない。(向井ゆう子)

 既修者コースと未修者コース 憲法、刑事法、民事法など、法学の基礎を修得済みと法科大学院が認定した場合、既修者コースとなる。未修者とコースを分けている大学院が多い。既修者は、法学部出身や旧司法試験対策を行ってきた学生が主で、現状では新試験突破にも有利とされる。

9割が「定員削減含め検討」
 法科大学院は、裁判員制度とともに、政府が推進する司法制度改革の柱の一つ。米国のロースクールをモデルに2004年に誕生した。10年までに新司法試験合格者を3000人に増やすという02年の閣議決定と連動している。

 合格率2〜3%の超難関で知られる旧司法試験が知識を問う暗記型だったことの反省から試験内容も見直し、法科大学院には、広く法曹への門戸を開き、法学部以外の出身者や社会人を入学者の3割以上とすることを求めた。

 現在の総定員は74校で5795人にまで膨らんだ。その結果、当初7〜8割とされていた修了者の新司法試験合格率は3〜4割と低迷を続けている。このため、文部科学省中央教育審議会は昨年9月、各校の定員削減に言及する報告を、日本弁護士連合会も今年1月、定員削減や統廃合を求める提言をまとめた。文科省が昨年12月までに実施した各校へのヒアリングでは、9割の法科大学院が「定員削減を含めて検討中」と答えた。国立は1〜2割減の方向で検討しているとされる。

(2009年2月11日 読売新聞)

一生懸命やっていることに水を差すつもりはないですが、異議申立のタイミングとか、そういうことを一生懸命やっている時間があったら、司法試験で出そうなことを、もっとしっかりやって、まず司法試験に合格することを考えたほうが良いと思いますね。いくら異議申立がうまくなっても、司法試験に合格しなければ、永遠に法廷には立てないわけですから。司法試験に合格し、司法修習を終了し、実務家になれば、その過程で法廷技術を学ぶ機会はいくらでもあります。

何事でもそうですが、今の自分が、限られた時間やリソースの中で、まず何を優先して行うべきか、といったことを常に、真剣に考えないと、特に司法試験のような難しい試験を突破することは、平凡な能力しかない大多数の人間(かつての私も、そして今の私もそうですが)には不可能でしょう。

世の中には、現実から遊離した理想論をまことしやかに吹聴する人が大勢いて、そういった話を真に受けるのは個々人の自由ですが、特に試験、それも難関の試験を受ける立場でそれをやってしまうと、リスクを引き受けてしまうのは真に受けた自分自身しかいない、ということを肝に銘じておく必要があります。