【宮家邦彦のWorld Watch】陰謀説のウソは看過できない


マスコミが自分達に都合のいいように情報を操作していることの好例である。

2009.3.26 08:08
MSN産経ニュース

大方の予想通り、小沢一郎民主党代表の公設第1秘書が起訴された。真相はいずれ裁判で明らかになるのだから、細かい事実関係を今詮索(せんさく)しても仕方がない。だが、この事件との関連で時々聞こえてくる「今回の捜査は米国CIAの陰謀だった」とか、「ユダヤにやられた」等といった流言飛語だけは、どうしても看過できない。

 グーグルで「CIA、陰謀、西松、小沢一郎」を検索すると、何と8000件以上ものヒットがある。そのほとんどは私設ブログ上の他愛のない知的戯言(ざれごと)であり、いちいち目くじらを立てる話ではないかもしれない。

 しかし、国際情勢を理解する上で正しい情報が不可欠である以上、こうしたデマのどこが間違っているかを正確に伝える必要があると思うのだ。

 それではCIAという情報機関は一体どんな組織なのか。

 本部はワシントンDCの川向こうラングレー地区。巨大な建物はスパイ組織というより大学のキャンパスに近い。職員はアナリストとオペレーターに大きく分かれる。超高学歴集団である前者の多くは米国内で調査分析に、後者は主として海外で情報収集に従事する。もちろん日本にもオペレーターはいるが通常日本語はあまり上手ではない。

私の友人で少なくとも3人の米国外交官が、昔永田町では「CIAだ」とうわさされていた。日本語が流暢(りゅうちょう)で日本の内政にも非常に詳しいからなのだろうが、もちろん彼らはCIA関係者ではない。

 常識で考えてみてほしい。終戦直後の混乱期ならともかく、21世紀の日本で日本語も満足にしゃべれないCIAオペレーターたちが天下の東京地検特捜部を意のままに動かせるだろうか。

 それでもブログによれば「東京地検特捜部の歴代トップは、全員CIAに留学し、CIAの対日工作員としての徹底的教育を受け、日本に帰国する」のだそうだ。もちろんこれも大うそなのだが、最近のうそは「振り込め詐欺」のように実に巧妙にできている。

 陰謀といえば、日本では「ユダヤ人、ユダヤロビー」の陰謀説を信ずる人々も後を絶たない。ユダヤ人が世界征服を計画している証拠とされた「シオン賢者の議定書」は19世紀末にロシアで出版されたが、1921年以降、この書物が偽物であることは欧米知識人の間で既に常識となっている。

 それにもかかわらず、昔はナチスドイツから、自動車王のヘンリー・フォード、最近ではミアシャイマー、ウォルトといった著名国際政治学者にいたるまで、この種の陰謀説を直接間接に喧伝(けんでん)する向きが絶えないことは実に驚くべきことだ。

日本人がユダヤ人陰謀説を唱える最大の理由は「無知」であるが、これが米国では単なる「無知」では済まされない。よほど事実に基づく慎重な議論でも行わない限り、「差別主義者だ」と誤解され、知識人としての人格を失うからである。

 もうお分かりであろう。CIAやユダヤに限らず、フリーメイソン、中国の「客家」などの陰謀説はほとんどがうそである。日本におけるCIA陰謀説の多くは国内のある政治勢力が他の政治勢力に影響を与える一手段であったし、これからもそうであろう。世界におけるユダヤ陰謀説も、不都合な国際政治現象を自分たちに都合良く解釈するための効果的な手段として繰り返される。もし今でもこんなことを言う人が周囲にいれば、よくよく注意していただきたい。

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【用語解説】宮家邦彦

 みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県生まれ。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。安倍内閣では、首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、AOI外交政策研究所代表。