「素股」は江戸時代初期から庶民に親しまれていた?

昨今、性の乱れが著しい……というお堅い方々のボヤキはよく耳にするが、日本人の性生活が奔放だったのは現代に限ったことではない。

 江戸時代の日本人の下半身事情に詳しい作家、永井義男氏は著書『江戸の性語辞典』(朝日新書)の中で、江戸時代の日本人はセックスに対しておおらかで、庶民も性を謳歌していたことを伝えている。

 同書では現代のエロ本・ポルノグラフィーに当たる「春本(しゅんぽん)」や、さまざまなシチュエーション下でのセックス模様を描いた「春画(しゅんが)」に注目。これらは絵そのものも淫靡だが、漫画の吹き出しのように登場人物の心情、会話文を綴った「書入れ(かきいれ)」もかなり大胆な内容なのだという。
 同書では、288語の性語の用例をこの書入れや戯作から引用し、当時の庶民が実際にしゃべっていた言葉をできるだけ再現しようと試みている。

 たとえば、女性が太腿の間に男性性器を挟み、射精まで導く性技で、現代ではもっぱら風俗嬢のセックステクニックとして知られている「素股」。

「本当になかに入れたくなるのをこらえて、入れずに素股で気をやろうと辛抱するのに、てめえによがられてたまるものか」(同書より) などのような会話文に登場し、「素股」最古の用例は、元禄七年(1694年)まで遡るという。実に320年前に、江戸時代の男女が行っていた「素股」が、今も一部局地的ではあるが、廃れることなく生きながらえていることは、なかなか興味深い事実である。
 このように、現代でも同じ意味で使われている性語もあり、知っている言葉がいくつあるか探してみても面白い。一方、現代とは意味がまったく異なる言葉もある。

 たとえば「気が悪くなる」。

 江戸時代では、「なんだかきょうは、いっそ気が悪くって、悪くって、してもしてもしてえよ」(同書より)や、「乳をいじると気が悪くなるというが、わたしゃぁ、さっぱり悪くならねえよ」(同書より)のように使われていたというつまり、現代とは逆に「ムラムラしてくる、性的に興奮する」という意味。また、「気をやる」は、絶頂に達することで、「ええ、もうもう、意地の悪いほど気をやらせることが名人だのう。もうもう体が溶けるようだ」(同書より) のように使われていた。現代で言うなら「イク」に該当する言葉だ。

 こうした性語は、吉原遊郭の花魁や、岡場所の遊女といったプロの“玄人”だけでなく、下級武士や庶民の娘など“素人”も日常で使用していた。書き入れを読み解くことで、セックスを楽しむ江戸時代の庶民の姿が、生き生きと浮かび上がってくる。

 同書のなかでは 用例に合わせた“体位”の春画も53点収録し、絵と文章の両方を気軽に楽しめる一冊となっている。時代考証の宝庫である春画・春本の書入れから垣間見える、“江戸っ子のセックス観”。是非、覗いてみてはいかがだろうか。

いいねぇ。溺れるようなSEXにはまりたい。