「勝ち組教育」は5月に散る

首都圏では5人に1人が中学受験する時代だ。“お受験”を勝ち抜いた子供は4月から名門進学校へ。もっとも「ウチの子は勝ち組だ」と、わが世の春に酔いしれるのも5月まで。大半の親がそこで崖っぷちに立たされる。「勝ち組教育」の果てに“勝利”はない。

 春、名門中に入学したわが子の制服姿を見て、誇らしげな気分になる。それも束の間。5月には中間試験がある。小学校ではトップクラスだった子も中学では300人中280番なんて成績を取る。それを知った親はガク然。半数の下位クラスの家庭が“5月ショック”に見舞われる。
「この5月で下位3分の1になった子の成績は、その先もまず変わりません。9割はそう。それなのに、大抵の親は『何とかついていかせよう』と慌てふためき、塾とか家庭教師を必死になって探し始める。学校にしがみつこうとする。下位クラスの子はコンプレックスを抱きがちです。中高一貫なら、親も子も地獄の6年間になりますよ」
 こう話すのは、「暴力は親に向かう」(東洋経済新報社)の著者で、NPO法人ニュースタート事務局」代表の二神能基氏だ。
 93年に設立された同事務局ではこれまで、1000人を超えるニートや引きこもり、不登校の社会復帰を支援してきた。その多くが勝ち組教育の“犠牲”になった若者だという。

●「どうしても東大」の37歳
 こんな相談が、ある母親からあった。「41歳の息子が司法試験を受けなくなって引きこもった」。父親は業界では知られた弁護士だという。
 ある男性は「どうしても東大に行く」と言って聞かない。すでに37歳だ。
 開成高から早大に進学した長男が30歳を過ぎても就職せず、「司法試験を受ける」の一点張り。途方に暮れた父親の相談も、かつてあった。
 競争から落ちこぼれた子供の家庭内暴力の相談も後を絶たない。勝ち組教育の果てだ。
「たとえ5月を乗り切ったとしても、果てしなく勝ち続けなければならない。それが、格差社会の勝ち組教育です。親も子も『脱落したら負け組』という恐怖心に取りつかれ、洗脳され、方向転換できなくなっている。でも、いつかは挫折する。そのときに子供は無気力になるか、家庭内暴力という形で親にキバをむき始めるのです」(二神能基氏=前出)
 過酷なレースに打ちのめされ、高校を中退。同事務局の支援で立ち直ったはずなのに、また進学校に戻ろうとする若者もいる。根は深い。
 ある中高一貫の有名校では、1学年二百数十人のうち1割を、高校進学時にふるい落とすのが、暗黙の取り決めだ。
「それでイジメが起きるわけです。1割のライバルを早めに不登校に追い込んで蹴落とせば、自分は高校に上がれる。そう考える生徒も少なくない。父兄は見て見ぬふりです」(学校関係者)
 これも、勝ち組教育の果てだ。

●子供の「別に」はSOS
「負け組にはなってほしくない」――それも親心だろうが、5月ショックにどう対処するか、知っておいた方がいい。
 子供が暗い顔をしている。親は「学校で何かあったのか?」と尋ねる。そのときに「別に」とはぐらかしたら、危ない。
「その場を離れたがったり、返事に怒りが感じられるようなら、間違いなく危険信号。親を信用できないから、『別に』としか答えられなくなっているのです。そこで現実から目をそむけ、『もっと頑張れ』と求めることしかできない親では、子供は恨みつらみのマグマをため込むばかり。爆発させて家庭内暴力に走る可能性が高い」(二神能基氏=前出)
 子供の「別に」はSOSだ。親の真価が問われる。今の学校は、たまたま合わないだけ。「そんなに嫌なら転校するか?」と言えるかどうか。親が複数の選択肢を持たないまま、子供に勝ち組教育をまっとうさせようとしたら、ドロ沼だ。
 教育評論家の尾木直樹氏もこう言う。
「親が逃げ道をつくってやらないと、子供は救われません。私立から公立に転校するのは負けではない。ひとつの選択肢です。それを今のうちから子供に伝えておくこと。実際、それで元気になった子も大勢いる。私立の進学校は落ちこぼれた生徒をすぐに切り捨てようとする。安易に転校を勧めるので問題になったこともありますが、進学校指導力を求めたところで、それは幻想です」
 勝ち組教育に振り回されない親が、最後に“勝つ”。